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 祐くんは、第三日曜日だけは必ずあたしのお誘いを断る。彼から第三日曜日に誘ってきたことも一度もない。
 ほとんど毎日一緒に帰ってるし、他の休みの日はきちんとデートしてくれる。だから、別に第三日曜日に逢えないことが不満と言うわけじゃない。
 それでも、彼がその日になにをしているのか知りたい……わがままだってことは、わかってるんだけど。
 けれど、絶対に聞けない。
 何週目かを忘れて彼を遊びに誘ってしまうことがある。そんな時、彼はすまなそうに笑って答える。



「ごめん。その日は、用事があるんだ」



 その微笑みを見たとき、何故かあたしはとても悲しくなった。わかってしまうのだ。
 多分、この先……そう、たとえ一生一緒に居たとしても、あたしは彼のその部分には触れられないのだろう。
 第三日曜日の彼に。





 電車に揺られること1時間。僕は、目的地の駅に到着する。古い木造の、無人でないのが不思議なくらい寂れた駅。
 半ば顔見知りになった初老の駅員さんに軽く会釈をし、切符を渡して真っ白な夏の陽光の降り注ぐ駅のロータリーへと足を踏み入れた。雲ひとつない快晴。陽射しを手の平で遮りながらバスの停留所まで足早に行く。渋滞とは無縁のこの場所ではバスは遅刻と言う言葉を知らない。いつもの時間通り、5分と待たずにバスが到着する。最初に来たとき、バスの時間を知らなかったために1時間以上寒空の下で待ったことをふと思い出して、僕は苦笑をもらした。
「またお見舞いかい?」
 中年の運転手さんが僕に声をかけてくる。彼も暇なのだろう……乗客は僕1人で、目的地まで乗客が増えることは、まずない。
「ええ」
 そう言って、軽く手にした花束を掲げてみせる。
「友達だったっけか?」
 ……友達。そう言っていいのだろうか。一度はクラスメイトだったこともある彼女たち。けれど、友達では……なかった気がする。もちろん単なるクラスメイトという関係でもないが、その辺の事情を話すわけにもいかない。
「クラスメイトです」
 ひとまず、そう言っておく。
「ああ、そうか」
 そうだったと得心したように何度か頷いて、それっきり彼は運転に専念することにしたようだ。
 ぼんやりと窓の外を眺める。何度も見た風景がゆっくり流れていく。山間の道のこと、さして面白いものが見えるわけじゃない。本でも読みたいところなのだが、あいにく僕は酔いやすい性質なのでそうもいかない。
 いくつかの停留所を素通りして、車内の冷房で体が冷えてきたころ、バスは目指す停留所に到着する。
「それじゃ、お大事にな」
「はい、ありがとうございます」
 釣り銭と一緒に励ましの言葉を受け取って、僕はバスを降りた。
 小さな白い建物の入り口を、外の熱気と一緒にくぐる。あまりに夏の陽射しが強いため、中に入ってしばらくは十分な光量があるにもかかわらず薄暗く見えてしまう。
 少し待って、中の明るさに目が慣れてから受付に目を向けると、いつもいるはずの看護婦さんの姿がない。受付に備えられたベルを鳴らした。しんと静まったこの建物の中では呼び鈴の音は実によく響く。すぐに奥から馴染みの看護婦さんが顔を出した。
「ごめんなさいね、ちょっと急な仕事が入って」
 受付にいなかったことを謝っているのだろう。全然待っていないと首を振って、来院者をあらわす緑色のバッジを受け取る。
「それじゃあ、帰るときに声をかけてね」
 そう言って看護婦さんはまた奥へ行ってしまった。
 なんとなくそれを見送って、僕も先へ進む。
 本当に、この建物には音がない。木造の床の上で響く僕の足音と、外から聞こえる蝉の声。耳に届くのはそれだけでこの建物の中で生まれる音はない。この建物には、音をたてるものは存在しないのか。
 歩いたと言うほど歩くまでもなく、目指す病室の前に辿り着いた。



『太田加奈子』

『桂木由紀』

『月島拓也』

『月島瑠璃子』

『吉田美和子』



 5人のネームプレートが、病室の扉にはかかっている。
 その中のひとつをそっとなぞって、ゆっくりとノブを引く。



「長瀬ちゃん、おはよう」



「っ!」
 何も映さない瞳が、僕を見つめている。
 一瞬、そんな有り得ない姿を幻視した。
 いつもと何一つ変わらない、規則的な機械音だけが支配する小さな空間。
 変わらない、変わるはずのない白い部屋。
 横たわる5つの人影。
「そう……だよな」
 幾度か見た、有り得ない、有り得て欲しい、幻視。
 彼女が目覚めているその姿。
 けれど、それは所詮幻視に過ぎず、
「……こんにちは、瑠璃子さん」
 彼女はこうして、ただベッドに横たわるだけだ。
 持参した霞草の花束を枕元の花瓶に入れる、看護婦さんが気を利かせてくれているらしく、いつも花瓶の中には新鮮な水が満ちている。
「もう、夏休みだよ……まあ、瑠璃子さんはあんまり夏、好きな方じゃないと思うけど」
 そんな季節の話から始まり、ぽつぽつと僕は瑠璃子さんに話しかける。世の中にあったこと、学校であったこと。時折話すのを中断してしばらく彼女の顔を見てみる。痩せこけた頬、肩口まで伸びた髪。あの夜に会った彼女とはだいぶ印象が変わってしまっているけれど、紛れもない、月島瑠璃子の姿。
 それからまた話し始める。僕のこと、沙織ちゃんのこと。沙織ちゃんのことになるとどうしても惚気話になってしまうけれど、
「なんか惚気てるね……ごめん」
 そう謝れば、きっと彼女は微笑んで否定してくれるだろう。





 ただ僕の言葉だけで満たされた部屋が、静かに黄昏色に染まっていく。
 その色に染められていく瑠璃子さんの寝顔を、僕はじっと見ていた。
「……僕は、君になにを言いたいのかな」
 幾度も自分に問い掛けた、答えの出ない問い。





 ……ありがとう?


 そう、ありがとうと言いたい。


 ……ごめんなさい?


 ああ、ごめんなさいとも言いたい。


 けれど、そのどちらも彼女は望んでいないだろう。


 何度訪れても、何度問い掛けても、その問いに答えは出せない。


 だから僕は、こうして彼女に逢って、


 彼女に語りかける。


 多分、この先……ずっと続けるだろう、この少女が目覚めるまで。


 その答えが見つかるまで。


 僕は彼女に逢いに行く。


 第三日曜日の彼女に。

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