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「……むぅ」
 穂群原学園生徒会長、柳洞一成は生徒会室で一人唸っていた。
 一つ、どうにも生徒会役員のやる気が感じられない。
 二つ、友人の衛宮士郎が女狐に振り回されている。
 目下のところ彼の悩みはこの二つであった。
 それ以外にも、部活動の予算配分のバランスの悪さだとか、そのため生まれた文化系クラブの不満――次の冬には生徒会を退いているだろうが、ストーブ不足くらいに関してはなんとか打開案の一つくらいは残しておきたいところだ――、悩みのタネは尽きないが、まあ解決出来ない範疇のことではない。と言うか、一つ目の問題が解決すればその辺りは自動的に解決出来そうなのだが。
 とは言え、生徒会長と副会長こそ選挙で選ばれるものの、残りの役員は他の委員会と同じくクラスからの強制選出制で、なかなか熱意のある人間は集まらないと言うのが現実だった。特に現状は副会長すら立候補者がおらず、その他の役員の中から選んだほどなのである。
 意識改革もゆっくりと進んではいるが、どうにも仕事の遅い役員にいらいらすると同時に、
(これが遠坂であれば……)
 と思ってしまう自分にもいらいらする。
 遠坂凛。
 一成が妖怪だの、女生だのと好き勝手に呼んでいる、学園のアイドル的存在の少女。
 そして、中学時代は一成と共に生徒会に所属し、かなりの改革を成し遂げた相棒的存在だ。
 様々な理由から凛とは反発している一成だが、彼女の能力を認めていないわけではない。むしろ高く評価していると言ってもいい。
 だが、嫌いなのである。
 確かに凛は成績優秀、眉目秀麗、スポーツ万能、それでいてそのことを鼻にかけた様子もなく、どんな人間にも平等に接する、文句のつけようのない人物だ。
 だが、嫌い。
 そんな一言で言い表せるほど簡単な感情ではないのだが、敢えて一言に集約するのなら「柳洞一成は遠坂凛が嫌い」なのである。
 これで向こうも一成のことを嫌っていれば天敵同士と分かりやすい関係になるのだが、凛の方では一成のことを嫌っておらず、むしろその愚直なまでに真っ直ぐなところに親愛を抱かれていたりするのだからこの二人の関係はよく分からない。
 そして、その凛に振り回されているのか、一年前なら生徒会室に入り浸っていたと言っても過言ではなかった士郎は、今日も「すまん」と本当にすまなそうに謝って帰宅してしまい、生徒会室に来なかった。
「まったく、遠坂め……」
 士郎と深い仲にあるのは――認めたくないながらも――わかるが、それにしても配慮と言うものがなさ過ぎる。
「衛宮を自分の所有物と勘違いしているのではあるまいな」
 もし凛がこの言葉を聞いたら涼しい顔で、
『ええ、衛宮くんはわたしの物ですけれど。柳洞くん、それがなにか?』
 こう優雅に答えることだろう。本気で言っている上に士郎も否定しないのだから手のつけようがない。
「……むぅ」
 目の前に広げられた備品購入の嘆願書の数に、最早口からは呻き声しか出なかった。
 当然嘆願書に書かれたもの全てを購入できる予算配分など出来るはずがない。直せるものは直して騙し騙し使うしかないのだが、生憎とその判別をしてくれたのは生徒会所属ですらない、一成の友人であると言う理由だけで手助けしてくれた士郎である。
 一成もなんとか修理法を学ぼうとはしているのだが、如何せん井戸と薪が未だに現役の山寺住まいの身。下手に触ると仮病を成仏させかねない。
「癪ではあるが、遠坂に直接言うとするか……」
 些か理不尽な気もするが、現実問題として士郎の行動を握っているのは凛のようなので仕方ない。
 ならば今日はひとまず帰るかと腰をあげた一成は、
「お、いたぞ寺の息子ー」
「よーしでかした、それ、唯一の生き証人を逃すでないぞー」
「柳洞、大人しくお縄につけー!」
 などと言いながら生徒会室のドアをノックすることもなく入ってきた闖入者によって、
「な、なにごとだ貴様らーーーっ!」
 掻っ攫われた。



生徒会長の憂鬱 〜平穏は破られるためにある?〜





「さあ生徒会長、あんたに黙秘権なんてないんだからキリキリ吐きな」
 椅子に座らされた一成をぐるりと十人ほどの生徒が囲んでいる。
 見下ろしながら言い放ったのは『冬木の黒豹』――と呼ばれたい――蒔寺楓。
「迷惑をかけてすまぬな、生徒会長。まあ犬に噛まれたとでも思って諦めてくれ」
 少し離れたところから声がする。姿は人垣で見えないが、氷室鐘に間違いあるまい。
 屈強な男子生徒四人に引きずられるようにしてここまで連れて来られ、最初は混乱していた一成だったがすでに落ち着きを取り戻していたらしく、
「吐けと言われても、俺には話がさっぱり見えん。一体どういう了見だ、後藤」
 むすっとした声で昨年クラスメイトだった面白生徒に話を振る。
 言葉遣いの奇天烈さが目立つが、後藤は頭の回転が異常に速い。「前世は軍師」とまで称されているほどである。その後藤ならば納得のいく説明をしてくれよう、そう考えての判断である。
「うむ、実はな柳洞殿、先程のホームルームで葛木から驚きの発表があったのでござるよ」
「葛木先生から?」
 憮然とした表情だった一成の眉がぴくりと動いた。
 三年A組の担任を務める葛木宗一郎は、一成が兄と仰ぐ人物である。これほどの生徒が大騒ぎするような話を、一成が聞いていないはずがない。それを訝しく思ったのだ。
「そ。今度結婚するんだってよ」
 一成の疑問の声に、楓が答えを返す。
 その答えに一成は、
「なんだ、そのことか……ああ、そう言えば騒ぎになっていたな。葛木先生が藤村先生と結婚するとか」
 葛木の婚約者を知る一成にとっては取るに足りない噂話である。確かに出所が気にならなくもないが、確認作業をするほどのことでもないので、すぐに興味を失ったのだが。
「まあタイガーと結婚するってのはデマらしーけどさ、結婚するってのはマジだろ? しかも相手外人らしいじゃん」
「…………」
 少し驚いた。
 確かに葛木の婚約者のメディアはギリシア人(ということになっている)である。大河と結婚するなどと言う与太話が流れた直後にしては妙に正確な情報だった。はて情報源はどこだろうと首を捻りかけ、
「葛木が言ってたのでござるよ。『メディアに会いたければ柳洞寺まで来い』と。そこで柳洞寺の跡取りである柳洞ならなにか知っているのではと、そう言う次第でござる」
 途中の葛木の真似が妙に似ている後藤の言葉に、一成は思わずがくりとした。
(まさか宗一郎本人が情報源とは……)
 隠すと言うことをしない人だとは感じていたが、ここまでとは思っていなかった。
「さーさー、メディアってのはどういう女なのかキリキリ吐け」
「どう……と聞かれてもな」
 堅物で名高い一成は、女生徒の人気を間桐慎二と二分しているにもかかわらず、慎二と違ってほとんど女性との交流がない。彼の評判と、忙しそうにしている姿がなかなか女性を近づけさせないのである。
「別に難しく言えと言っているわけではない。美人か、否か。その程度でいいのではないか?」
 人垣の向こうから鐘の声。
「その程度じゃ満足できないけど、確かに顔は気になるね。葛木は美人みたいなこと言ってたけど、アレの感性ってよくわかんねーし。変人の葛木を選ぶくらいだから妙な顔してんじゃないのー?」
「馬鹿を言うなあれほど美しい女性もそうはおらん! 俺でさえ思わず見惚れるほどだ」
 後悔先に立たず。
 しまったと思う間も無く、
「うわ、おい、あの堅物会長が即答だぜ!」
「これは相当でござるぞ!」
「ふむ……確かに。私も興味がわいてきた」
「さーて、生徒かいちょー。これからどうすればいいかわかってるだろうね?」
 がしっと楓の手が肩に回される。ほとんど酔ったエロ親父のようなノリだが、鐘以外雰囲気に酔っているのか、他の皆もどうもシラフという感じがしない。
「……むぅ」
 引きずり上げられながら、何故こんなことになったのか考えてみたが、答えが出るはずもなく、
「さあ皆の衆、いざ柳洞寺でござるよ!!」
「「「「「おーーーっ!」」」」」
 静かな山寺は、かつてない喧騒に襲われることになるのだった。

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