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あたし、こと新城沙織はただいまとても不機嫌です。 なぜかって? それは! あたしの彼氏であるところの長瀬祐介くんが、最近なんだかとってもそっけないからなのです! せっかく二人そろって同じ大学に進学できたのに、合格祝いのデート以来祐くんは毎日「ごめん、今日はバイトがあるんだ」って言って、どっかに行っちゃうの! こ〜んな可愛い彼女を置いてだよっ? 信じられる!? たしかに電話で話す祐くんはとても優しいし、あいかわらずあたしのことすごく好きでいてくれてるな〜、っていうのはわかる。 でもでもっ! それとこれとは話が別よっ!! というわけで、今日は祐くんを尾行することにしました〜。 と思ったんだけど、現在時間は八時半。祐くんが家から出てくる気配はゼロ。 おっかし〜なあ。朝一から入れてもバイトのシフトって九時くらいからだから、家を出るのはこれくらいの時間のはずなのに。 う〜む。いいや、チャイム鳴らしちゃえ。 ぴんぽ〜ん。 祐くんの家のチャイムはオーソドックスな音。あたしの家はなんだかブザーみたいな音だから、こんなマンガみたいな音はちょっとうらやましい。 「はい」 あ、祐くんのお母さんの声だ。 「あの〜わたし新城ともうしますが……」 「ああ、沙織ちゃん! ごめんね。祐介なら、バイトに行っちゃったのよ」 「ええっ、こんな時間にですかっ?」 「そうなのよ……あ、ちょっと待ってね」 がちゃっと扉が開く。続いて祐くんのお母さんが顔を出した。 祐くんのお母さんはとっても若々しくて可愛い人だ。たぶん、祐くんはお母さん似なんだろう。祐くんのお父さんは現国の長瀬先生そっくりだったから。 「立ち話もなんだから、入って」 促がされるままに「おじゃましまーす」とつぶやいて上がらせてもらう。祐くんの家にはもう数えるのが馬鹿らしくなるくらい来てるけど、祐くんがいないときに上がったのは、実ははじめて。 「お、沙織ちゃんじゃないか、おはよう」 リビングに通されると、祐くんのお父さんが新聞を読んでいた。 「おはようございます、おじさま」 そう、あたしは祐くんのお父さんお母さんのことを、おじさまおばさまって呼ぶ。おばさまは笑いながら「あら? お義母さんって呼んでくれないの?」なんて言ってくれたけど、さすがにそれはちょっと。 「残念だったな、祐介のやつならもうバイトに行っちまったぞ」 「そーみたいですねー」 「もしかして祐介、沙織ちゃんにバイトのこと全然話してないの?」 コーヒーを持ってきてくれたおばさまが言う。うう、彼の両親と差し向かいってのはなんだか変な気分。嫌じゃないけど、くすぐったい感じ。 「はい……バイトしてるってこと以外は」 「そっかー……ねえ、沙織ちゃん。祐介のバイトのこと、聞きたい?」 そりゃもちろん、聞きたいに決まってる。でもあの祐くんがあたしに隠してまでやってるってことは何か理由があるんだろうし、ああゆれる乙女心。 でもそんな心とは裏腹に、首はかってに縦に動いてたりして。……あたしって、もしかして単純? 「ねえ、あなた。今日は二限からでしょ? 沙織ちゃんを祐介のところに連れてってあげなさいよ」 「うん? 別にかまわないが……どうする、沙織ちゃん?」 さっきと同じ激しい葛藤があたしの心に渦巻いた……けど、やっぱり身体は勝手に動いちゃったりする。祐くんに限って浮気とか、そんな心配はカケラもしてないけど、バイトのことを全然話してくれないのと、毎日バイトバイトというのは実際気になるしね。 おじさまの車に揺られて一時間ほど、たどり着いたそこは山の中だった。いやまあ山の中っていったって、そんなすごいところじゃないけど。 「ここが祐介のバイト先だ。私は仕事があるからもう行かなきゃならないけど……大丈夫だね」 「はい。ありがとうございました」 「なに、未来の娘のためだ」 にやりと笑って言うおじさま。うう、なんでおじさまもおばさまも、こういう事さらりと言うの? おじさまの車を見送って、あらためてそれを見る。 建物だ。けっこー大きい。大きさだけなら豪邸って言ってもいいだろう。門のところの表札には『さざなみ寮』って書いてある。つまりここは寮なわけだ。なるほど、確かにあたしが行く合宿所の雰囲気に近いものがある。で、祐くんのバイトの職場。 ……寮が? 「あの」 「はいっ!?」 あう、いきなり声かけられたから返事が裏返ってる。 あわてて向いた先には女の子が一人立っていた。 ちょっと茶がかかった――言っとくけど、染めてるわけじゃない。あたしは天然でちょっと茶髪っぽいのだ――あたしの髪とは違い、濡れ羽色って言うのかな? 真っ黒な髪をポニーテールにした、わりと目つきの鋭い美人さん。 「この寮に、何かご用でしょうか?」 あ、ちょっとなまりがある。 「あ、あの、えっと、ここに、祐くんがいるはずなんですけど……」 「ゆうくん?」 「あ、長瀬祐介です」 「長瀬さんのお知り合いですか、長瀬さんは今買い物に出ているんですが……中で待ちます?」 「ええ、お願いします」 「あれ?」 ひょい、って感じで建物の脇からちっちゃい男の子が顔を出す。 「神咲先輩、もしかしてその人……新城さん?」 訂正。ちっちゃい女の子だった。……って、なんであたしの名前知ってるんだろ? 「知り合いかね?」 「バレーの県大会、見学に行ったときに、見たことがあるだけですから、知り合いってわけじゃないんですけど……」 「あ、もしかして風芽丘の岡本さん?」 思い出した。風芽丘に小さくて、でもものすごく強い選手が入ったって話を聞いたことがある。 「はいそうです! やっぱり新城さんですか?」 「うん」 「夏の県大会見ました! すごくかっこ良かったです!」 「え? あ、ありがとう……」 あー、なんか感激。けど、けっこう照れくさいかも。 「今日はどうしてここに? あ、もしかしてさざなみに入るとか!?」 「こら岡本」 ぽこんと、ポニーの子が岡本さんの頭を軽くはたく。 「こん人は長瀬さんに会いに来ただけで、別にさざなみに入るとか、そういうことではなかよ」 「え? 長瀬さんに会いに?」 「えーと、うん、そうなの」 「岡本、先に入って耕介さんになんか淹れてもらってくれん?」 「はーい!」 ……風のような子だなぁ。 「すいません、騒がしくて」 「いえいえ、あたしも騒がしいの、けっこう好きだから」 「そうですか」 ポニーの子――神咲さんだったっけ?――に案内されて、寮の中へ。最初に思ったのはすごく綺麗なとこだなってこと。あたしがその感想を言うと、 「うちには、優秀な管理人がおりますから」 ほんのちょっと誇らしげに、神咲さんは言った。 「お、神咲ぃ。誰だ、それ?」 また女の人の声。 「わ」 声のする方を向いて、あたしは少し驚いて思わず声をあげてしまった。二十歳くらいの綺麗な女の人が階段を下りてきたんだけど……びっくりしたのはその格好。 ショートパンツはまだいいとして、胸の谷間が見えるほど大きく開かれたワイシャツ……うわー。 「またそげな格好で……身なりはきちんとしてくださいと、何度も言っとるでしょう?」 「なんだよー。神咲、あんたはあたしの母親かぁ?」 「そげんことではなかとです!」 「あーもう二人とも!」 ひょこっと、ワイシャツの女の人の後ろから小柄な女の子があらわれた。うー、なんか次から次へと女の子ばっかりあらわれるなぁ。しかも可愛い子ばっか。 「ケンカしないでって言ってるでしょ!」 「知佳ぼーの言うとおりなのだ」 またまた、小柄な女の子の後ろから女の子があらわれる。今度は、小学生くらいの女の子だ。 「まゆと薫がケンカするとドタバタしてうるさいのだ、よそでやって欲しいのだ」 「陣内! うるさいのはあんた……」 にやりと得意そうな顔で言う小学生の女の子。それに神咲さんが切れかかった瞬間、 「はいはい! ケンカはそこまで!」 あたしたちが向かおうとした一階の奥から、低い男の人の声。 なんだかわけもなく、ああ男の人もいたんだなぁ、と思って安心感がこみ上げてきた。 「お客さんがびっくりしてるだろ? ほら真雪さんも、そんな格好してないで」 「こーすけおはよーっ!!」 ぴょーん! え? 小学生の女の子はあたしたちの頭上を飛び越えると、後ろへ向かってダイブ。 ……なに、今の? 「おう美緒。朝から元気だな」 その女の子を受け止めて平然としてるのは、これまたびっくり。 でかい。 あたしも女の子にしては大きい方だが、この男の人は、まさしくでかいという言い方が似合っている。 たぶん190はある。でも顔は祐くんと一緒で、なんだかいい人オーラを発してるからそんなに怖い感じはしない。 「いらっしゃい、えーと、新城さんだっけ」 「あ、はい」 「せっかく来てもらって悪いんだけど、祐介は今買い物に行ってるんだ。コーヒーでも飲んで待っててくれないか?」 「はあ、ありがとうございます」 「……だから寮というか、下宿ってかんじかな」 食堂を思しき場所へと通されたあたしは――ちなみにドタバタやっていた人たちはあちらこちらへ散っていき、今では小柄な女の子、知佳ちゃん一人だけがここにいる――、出してもらったコーヒーをすすりながら、ここ、さざなみ寮のことを色々聞いている。 「で、俺は槙原耕介。ここさざなみ寮の管理人」 「男の人が管理人……ですか?」 それってけっこー嫌なような。あ、でもこの耕介さんだったらそんな嫌じゃないかも。 「あ、やっぱし問題ありだと思う?」 言って、耕介さんは苦笑い。 「いやっ、そんなことないですよ」 ……一瞬思ったけど。 「耕介さん、信頼できそうですから」 「沙織さんもそう思う?」 「うん。いい人〜って感じ」 「そうだよねっ」 知佳ちゃんは嬉しそうに頷いている。 「あら?」 ……もういちいち驚いたり、動揺したりするまい。 背後からかかった声は、例によって女の人のものだった。 「お客さんですか?」 振り向くと、落ち着いた感じの女の人がほうきを持って立っていた。三つ編みにした髪が歩くたびにぽふぽふ揺れている。 「こちら槙原愛さん。この寮のオーナー」 耕介さんが紹介してくれる。へー、こんな若いのにオーナーなんて、なんかすごい。 「はじめまして、新城沙織です」 ぺこりと頭を下げると、愛さんはなんだか目を丸くして、 「ああ、あなたが……」 と、不思議なことを言う。 「?」 さっきの岡本さんと違って、この人はなんかスポーツやってるって雰囲気じゃないんだけど…… 「愛さん、知り合いなの?」 「いえ。ただ祐介くんがバイトの面接に来たとき……」 「ただいま戻りましたーっ!」 愛さんの言葉を遮るようにして響く声。 あたしが、一番会いたい人の声。 あたしは、思わず食堂を飛び出していた。 「祐くんっ!」 「え? さ、沙織ちゃん!?」 ぽすっと、部屋を飛び出した勢いのまま、あたしは祐くんに抱きついた。一瞬バランスを崩しかけた祐くんだけど、しっかりあたしの身体を受け止めてくれる。 「どうして……ここに?」 呆然とした口調で祐くんが聞いてくる。 でもあたしは、 「ふぇ〜ん、ゆうく〜ん」 祐くんの顔を見て、泣き出してしまった。 理由は色々。 一週間以上会ってなかったから、嬉しかったのもある。 ここでたくさんの女の子に会って、不安になったのもある。 やっぱり、あたしには祐くんがいないとダメだ。 あの夜から、あたしは祐くん中毒になってしまった。 彼がいないと、不安でどうにかなってしまいそう。 「沙織ちゃん……大丈夫だよ、僕はここにいるから……」 それからあたしは、泣きやむまでずっと祐くんの胸に顔をうずめていた。 「いきなりたずねてくるなんて、思わなかったよ」 苦笑しながら言う祐くんに、おじさまに連れてきてもらったことを話す。 「そっか、ごめんね。……不安だった?」 「……うん」 きゅっと、祐くんの手を握り締める。 耕介さんの取り計らいで、祐くんは仕事を休ませてもらい(あたしが休ませてしまった、が正しいかな)、あたしたちはさざなみ寮の近くの森を、二人で歩いていた。 「女子寮でバイトしてるー、なんて言ったらさ、変にやきもきさせちゃうんじゃないかと思ったんだ。……逆に心配させちゃったね」 「ううん……いいの」 ああ、やっぱり祐くんはすごく優しい。なんか、あたし一人で空回り。 「あと三日でバイト終わるから、そしたらずっと一緒にいる」 ぎゅうっと祐くんが、あたしの手を痛いくらいに握ってくれる。 ……うん、もう大丈夫だ。 祐くん中毒は相変わらずだけど、もうしばらくは我慢できる。新城沙織、祐くんエネルギー充電完了ですっ。 「うん! いっぱい、いっぱい遊びにいこうねっ」 「もちろんだよ。沙織ちゃん、この前映画見に行きたいって言ってたよね。あのジャン=オークリッジが出てくるやつ」 あ、電話で話した映画のことだ。ちゃんと覚えてくれてるんだ。 「耕介さんが新聞取ったオマケに券もらったんだけど、誰も欲しがらなくてさ、僕がもらえることになったんだ」 「そうなの?」 「うん。だから、バイトが終わったら……」 「行く行くっ! ぜぇ〜〜〜〜ったい、行くっ! 他の子誘っちゃダメだよ?」 「さ、誘わないよ」 「ああ〜〜っ、動揺してるっ。あっやしいなぁ〜〜」 「そんなことないよ!」 それからしばらく、あたしは祐くんをからかいながら歩いた。散々心配したんだから、これくらいは、許してくれるよねっ。 それから三日はあっさり過ぎた。 さざなみ寮で知り合った知佳ちゃんや、みなみちゃんと遊びに行ったりしたのが、その原因の一つ。後は、ゴールが見えたからかな? ほら、マラソンとかでもゴールが見えるともうひと頑張りだ、って気になるじゃない。でもそこで「勝ったー」と油断してはダメ。そんなときがふんばりどころなのだ、経験者の談だよ。 そんなこんなで、あたしは待望の祐くんとデートの真っ最中。 もう今日はべたべた甘えまくるの。恥ずかしがっても許してあげない、ぎゅっと祐くんの腕に抱き着いて歩く。 十時に待ち合わせて、ショッピング、お昼、そして映画……ああ、このお約束で甘〜い時間をどれほど待ちわびていたことか! なーんか、あたし一人が舞いあがってバラ色空間って感じだけど、祐くんも楽しそうに笑っていてくれてるからオールオッケー問題なし。雨でも風でも大丈夫っ、ってな感じです。あー、ほんとに浮かれてるなぁ、今日のあたし。 で、 「祐くん、ここって……?」 そろそろ夜中って言っていい時間帯にさしかかる。普段なら、祐くんの家か、ホテルにいるのが普通の時間。 けど、今日は祐くんの先導で、ヘンなところにやってきた。新興の住宅地。お値段手ごろなマンションが建ち並ぶあの辺。うう、祐くんがかまってくれなかった間のヒマ時間でワイドショー知識が。 「今日はさ、ここに沙織ちゃんを連れてきたかったんだ」 言って祐くんはずかずか中に入って行く。……誰か知り合いがここに入ったんだろうか。置いてかれそうになったあたしは、早足で祐くんに並びながら考える。 慣れた足取りで祐くんはエレベーターへ。なんか、不安再燃。 エレベーターは七階に止まった。 祐くんはすたすた歩く。なんだか声をかけるのが怖い。あたしはその後を黙ってついていった。 やがて祐くんは一つのドアの前で立ち止まる。ポケットから鍵を取り出して、 「沙織ちゃん、入って」 あたしを招き入れた。祐くんが鍵を持っているってことは、祐くんの親戚かなんかの家なのかな。 予想に反して、中には誰もいなかった。 それどころか、何もなかった。 「僕……ここから大学通うんだ」 「えっ? そうなの?」 「それで、さ。一人だとこのマンション、ちょっと広すぎるんだよね……」 え。それって、もしかして……やだ、ほんとに? 期待しちゃうよ、あたし。 祐くんはそっと、あたしに向かって握りこぶしを差し出した。 ゆっくりと開かれていくその手の中には、鍵が、一つ。 「もし、もし沙織ちゃんさえよければ……僕と、暮らしてくれませんか?」 「……っ」 あたしは、祐くんの手から鍵を両手で包みこむように受け取って、その言葉に、頷いた。 あ、あれ? おかしいな…… 「うぇ……」 嬉しいのに、 「ふぇ……」 すごく、すごく嬉しいのに、 「ふぇ、うぇ、ふぇ〜ん」 涙が止まらないや…… 「沙織ちゃん……」 「う……ん、いっしょに、いっしょにいるよっ! ずっと、ずっと祐くんといっしょにいたい……!」 泣きじゃくるあたしの髪を、祐くんはずっと撫でてくれた。 あ、なんか三日前と同じパターンだ。でも、いいよね、甘えても。 結局、あたしは祐くんの家にいる。正確に言うなら祐くんの部屋で、さらに詳しく言うと彼の腕の中だ。 なにしろ何をするにもあのマンションでは物がなさ過ぎる、そんなわけで今日のところは祐くんの家――もうすぐ実家って言い方になるのか――に戻ってきていた。 幸せ絶頂のあたしは、祐くんの胸に顔をこすりつける。猫みたいだって言われて、あたしがふざけて「にゃーん」って言ったら、祐くんは照れたように、困ったように笑ったっけ。 「沙織ちゃんの家に、あいさつに行かなきゃね」 祐くんが優しくそう言ってくれるのが嬉しくて、あたしはまたとろけそうな気分になる。 「『娘さんを僕にくださいっ』って、やってくれるの?」 ドラマなんかでは、お馴染みのセリフだけど。 「うーん、やっぱりそう言わなきゃダメかな」 「やって欲しいな」 まあ、祐くんはうちには何度も遊びに来てるし、お母さんもお父さんも祐くんのことは気に入ってくれてるみたいだから、「お前に娘はやれんっ!」みたいなことにはならないと思うけどね。 「努力します」 「♪」 「あ、そうだ」 むくりと祐くんが起きあがる。あ、ちょっと恥ずかしいかも。あたしは慌てて毛布を引き上げた。 「沙織ちゃん、目つむって」 「え?」 「プレゼント、第ニ弾」 「ええっ?」 「ほら、早く」 「う、うん」 第二弾って……あたしあの鍵だけで、ものすごく幸せなのに、祐くんはまだ何かあたしにしてくれるらしい。……さっきもう少しサービスしておけばよかったかなぁ。あたしばっかり色々してもらって、なんだか罪悪感。さっきだってあたしも気持ち良くしてもらったんだから、おあいこだもんね。 祐くんがあたしの手を取る。 手の甲に柔らかい感触。……キス、された。 冷たい感触が、薬指を通る。 って、 「祐くん……」 「あ、まだ目開けちゃダメだよ」 すっと、リングが指の付け根に引き下げられる。飾り気のない、シルバーのリング。 左手の薬指に、祐くんははめてくれた。 「…………」 「沙織ちゃん?」 ……もう、どう反応していいかわからないくらい嬉しい。 だからあたしは、そっと祐くんにキスをして、すべての想いを込めて、その想いが伝わるように祈って、つぶやいた。 「大好きだよ……祐くん」 |