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奥さまの名前はメディア。 旦那さまの名前は宗一郎。 ごく普通でない二人は、ごく普通でない恋をし、まあ普通と呼べる結婚をする予定になっていました。 ただひとつ違っていたのは、奥さま(予定)は魔女だったのです! 「……なにをしているのです? リーゼリット」 「ナレーション」 「……そう」 「そう」 「…………」 「…………」 「リーゼリット」 「なに、セラ」 「ごく普通でない二人がごく普通でない恋愛をして、違っているのが『ただひとつ』というのはどうかと思うのですけれど」 「そういうものだから」 寺の朝は早い。 だからと言って居候である葛木宗一郎が早起きしなければいけない法はない。彼は修行僧ではないのだ。 だが、誰に強制されるわけでもなく、宗一郎は寺の誰よりも早く起きていた。 起きてなにをするわけでもない。ただ起きるだけだ。 時に座禅を組み、時に境内でなにもせずに空を見つめている。 それはつい先日まで誰にも迷惑をかけない行動だった。いや、今でも迷惑をかけているわけではない。 ただ、 「……宗一郎様、用がないのなら寝ていてくださればいいのに」 彼の婚約者(ということになっている)である元キャスター、真名メディアは、それがひじょうに不満だった。 朝起きても、隣には誰もいない。正直新妻(志望)としては寂しいものがある。とは言え彼女は王女様育ちで人一倍甘えたがりなくせに 、その悲劇の人生を経て英霊化した今では甘えるのが怖いという困ったちゃんなのだ。 ひとつふたつ可愛いお願いをしたところで宗一郎が嫌がるとはメディア自身も思っていないのだが(と言うよりも、なにをすれば宗一郎 が嫌がるのか想像できない)、それはそれ、これはこれ。甘え慣れしていない甘えたがり。萌えである。 布団がまだほんのりと温かいことに気づいてないあたり、メディアも色々迂闊であった。 とは言え、 「愚痴を言っても仕方ないわね……」 それで宗一郎が隣に寝てくれるならともかく、いや神代の魔女たるメディアがそのつもりになれば宗一郎の朝の行動を制御して布団に戻 らせることも出来ない相談ではないのだが。 ため息をつきつつ、布団から抜け出す。朝の柔らかな陽射しに浮かぶその姿態は、男ならば人目で心を奪われるほど魅力的だ。しかし寝 乱れた薄い浴衣姿ですら与える印象が色香より清楚さというのだから、その美しさたるや筆舌に尽くしがたい。 するりと浴衣を脱ぎ捨て――宗一郎との愛の褥は離れなので、寺の人間を気にする必要はない。それでも『ずばっ』とか『すぱーん』と かではなく、あくまで『するり』と脱ぐのが奥ゆかしさである――、飾り気の少ない下着を身に着ける。寺に住んではいるが和風なのは寝 巻きくらいで、基本的にメディアは洋装だ。なので、衣装箪笥からジーパンとクリーム色のサマーセーターを選ぶ。本当はスカートの方が 好みなのだが、なにせ柳洞寺は広いし町までの距離もある。なんでも人がやってくれていたお姫様時代とは違い、メディアは宗一郎の妻( 志望)としてこの寺のいるのだから、夫の身の回りの世話は勿論のことお世話になっている柳洞寺の掃除くらいは手伝いたいと思ってる。 寺の生活は基本的になにからなにまで修行なのだから、部外者と言っていいメディアが手伝ってしまうのはいけないことなのだろうけれど 、 『あの……お手伝いさせていただけないでしょうか』 なんて言われて、きっぱりと断れるほど俗世の念を断っている僧は、柳洞寺にいなかった。 なにせ住職からして、 『ふむふむ、なら今日の夕餉はメディアさんにお願いするとしようかの』 などと率先して言い出すほどなのである。しかも町の顔役、極道者の親分である藤村雷画と数十年来の親友なのだから、彼の住職がどれ ほど規格外の僧侶なのか察していただけよう。 部屋に掛けられた時計に目をやると、朝の五時半。世間一般から見れば異様に早いが、柳洞寺では起床時間として妥当である。はやる気 持ちはあるが、まずは身の回りのことをきちんとしなければ宗一郎に顔向けできない。ちゃんと夜具を畳み、宗一郎のスーツやらワイシャ ツやらを出してから雨戸を開けて、愛しい人の姿を探す。 「……宗一郎様」 いた。 離れから遠い境内の一角に、なにするでもなく佇んでいる。雨戸を開ける音に気付いたのか、山門の方を向いていた視線が、メディアを 真っ直ぐにとらえた。 「おはようございます、宗一郎様」 届くはずもないがそれでも小さく呟いて、メディアは縁側の下に備えてあるサンダルに足を通し、宗一郎の元へと駆け寄った。 そしてあらためて、 「おはようございます、宗一郎様」 宗一郎のすぐ側まで行ってから、深々とお辞儀をする。 「おはよう、メディア」 宗一郎も小さく頷いて朝の挨拶を口にして、メディアの真っ白な頬に掌をあてがい、自分の方へと顔を向けさせ、 「…………」 くちづけた。 本来、葛木宗一郎はこのような行為とは無縁の男である。生まれながらにしてなのか、闇に生きる者の中で育ったためなのか、感情や欲 望といった言葉とは無縁、ある意味どの僧侶より煩悩を断っていると言えよう。 だからようするに、この接吻……ぶっちゃけ言うならば、『おはようのキス』は、メディアの望みであった。 魔女だ悪女だなどと言われているが、メディアはもともとコルキス王国の王女。蝶よ花よと大事に育てられたお姫様だ。性悪の女神によ って見たこともない野蛮人を愛することを強制され、"野蛮人の利益になること"を優先するようにされてしまったがために様々な非道を行 ってしまったが、本来他者を害するという概念すら存在しなかった少女だったのである。ゆえにその恋愛観は、とても乙女らしい。少女マ ンガを地で行くひとなのだ。 ……まあ、二十歳をそれなりに過ぎて少女マンガを地で行っているのはどっか問題あるような感じがしないでもないが。そこはそれ、今 まで幸せやら愛という言葉とは無縁に生きてきたメディアである。少々の独走と世間離れには目をつむっていただきたい。 なお、メディアの心の中でおはようのキスか、起きたら腕枕の2パターンのシチュエーションが激しい戦いを繰り広げたことを記してお こう。結果はご覧のとおりである。 「……それでは宗一郎様、私は朝食の支度がありますので」 宗一郎に一時の別れを告げて、本堂の方へと向かう。 新妻に休む時間はない。さあ、今日も一日唇に残ったぬくもりを糧に頑張ろう――! |