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長い長い、物々しい階段の上に、その寺はあった。 円蔵山の中腹に位置し、五十人からなる修行僧が生活する冬木きっての霊地。 名を、柳洞寺と呼ぶ。 先に挙げた石段と寺を隔てているのは、古いながらもしっかりとした造りの山門。 かつて、その山門には一人の門番がいた。五尺の長刀と、燕を斬り堕とす神域の剣腕で、如何なるものも生きて通さず、生きて帰らせない。 だが、いまやそこに門番の姿はない。 藍色の陣羽織を纏い、物干し竿と呼ばれる長刀を構えた暗殺者のサーヴァントの姿は、ない。 稜線に沈む夕陽を山門で眺めるのはアサシンのサーヴァントではなく、境内の方から聞こえてくる騒ぎに、 「ふむ、神代の魔女と言えど今となっては恋する乙女に過ぎぬか。可愛らしいものよ」 楽しげに微笑う、古びた地蔵を背負った涼やかな青年であった。 女狐。 彼が自身の主に抱いた印象はその一言に尽きる。 元より女と小人は手におえぬと聞いてはいたが、主はその中でもいささか行き過ぎていると、そう感じた。それゆえに女狐。もっとも、だからこそ己のような偽りの身を呼び出せたのであろう。 魔術師のサーヴァントとして呼び出された彼女は、まさに魔女であった。 人々に暗示をかけ、己が拠点を作り、大規模な結界で人々から精気を吸う。その行いを魔女と呼ばずして、なんと呼ぶか。 正直に言えば、彼は主のことを好いてはいなかった。 裏切りと姦計。それは、ひたすらに剣を極めることだけを目指して生きた彼とは、まったく正反対だ。他人無くしては存在せず、その他人を無くすための方向性。コレを嫌うなと言うほうが無理であろう。 しかし、 「女を見る目には自信があったのだがな、精進が足りぬと言うことか」 実際のところ、彼女が裏切りと姦計の魔女であるなどというのは偽りであった。 確かに、魔女としての彼女は裏切りと姦計を武器とする汚れた英雄である。しかし、彼女と魔女が等号で結べるかと言えば、そうではなかったのだ。魔術師、キャスターのクラスとして呼び出された彼女は魔女である。だが、彼女をキャスターとして縛る聖杯戦争が終わってみればなんのことはない。 メディアと言う真名を取り戻した彼女は、一人の男に恋する育ちのいいお嬢さんでしかなかった。 「小次郎」 ぼうっと眺めていた夕陽から声の方に視線を移せば、そこには己が主の姿。 「義姉上。どうした?」 ジーパンとクリーム色のサマーセーターという出で立ちのメディアは、もうすっかり若奥さまの風情である。 「宗一郎様の生徒さんたちにお夕飯を作って差し上げようと思ったのだけれど……私一人では手が足りなくて」 「手伝えばよいわけだな」 地蔵を背負い直し、作務衣の埃を掃って立ち上がる。 派手派手しいサーヴァントの装束は目立つので作務衣を普段着にしている。なまじ小次郎のような美形が着ると逆に違和感があって余計に目立ってしまっているのだが、基本的に寺から出ないので問題ない。 「メディアさん、小次郎殿」 言いながら近づいてくる小次郎同様作務衣姿の少年は、柳洞一成。この柳洞寺の跡取りである。 表情を崩すことの少ない生真面目な少年だが、今は苦虫でも噛み潰したような顔をしている。 「学友どもが迷惑をかけて、申し訳ない」 メディアの夫(予定)である葛木宗一郎の生徒たちが十人ばかり柳洞寺に押しかけたのは、元はと言えば葛木が、「隠しているわけではないので、メディアに会いたければ柳洞寺まで来ればいい」などと言ったのが原因なのだが、その後「メディアとはどんな女性だ」と問い詰められて「見惚れるほど美人だ」などと馬鹿正直に答えてしまった一成に、まあ責任が無いとも言い切れない。 「構いませんわ、一成君。宗一郎様が慕われている、ということの証拠ですから」 そう言いながら微笑むメディアの顔には、若干の疲れが見える。出会いが聖杯戦争などというとてもではないが公言できない類のもののため、馴れ初めを捏造するのに大変だったのだ。とは言え、訪ねてきた生徒は皆自分を葛木の恋人として扱ってくれるので、嬉し疲れや楽しみ疲れもあるのだろう。 「義姉上の幸せは私にとっても嬉しいことだ。気に病むな」 女生徒に黄色い声で騒がれていた小次郎だが、女性に騒がれるのには慣れているのかこちらはいつもと変わらぬ優雅な物腰。 ちなみに、小次郎はメディアの義弟で、仏師を目指しているということになっている。 地蔵を背負ってあらわれた小次郎に、生徒たちは唖然としていたが仏師を目指していると説明すると、なんとなく納得されてしまった。おそらくメディアを見た段階で思考停止してしまったのだと思われる。 「ところで義姉上、私はなにをすればいいのだ?」 「ええ、離れの冷蔵庫ではとても足りないから、典座さんに言って食材を分けてもらって来てくれる?」 「心得た」 話している間にずれてきた地蔵を再度背負い直し、本殿の方へと向かう。 「小次郎殿、その地蔵をおろすわけにはいかないのですか?」 手伝うと言ってついてきた一成が、道すがら問うた。 「うむ。私はまだまだ未熟でな、少しでも手放すと築き上げた完成像が消えてしまうのだ。ゆえにいつも持ち歩きながら、少しずつ完成像を構築しているというわけよ」 「成る程……いや、仏師の世界も奥が深いのですね」 「左様。私なぞまだまだほんのひよっ子の駆け出し。精進あるのみだな」 言って、ちらりと一成に視線を向ける。ばったり合った視線、次に紡がれる言葉は、 「「喝」」 綺麗に重なった。 かんらかんらと笑う二人。小次郎の背中では、小次郎の笑い声に合わせて地蔵自身が笑っているかのように、夕陽に照らされながら揺れていた―― |